第25話 タイブレーク

 全てのゲームを戦い抜き、それでも決着をつけられない選手達の為に用意された決戦の舞台。それがタイブレークである。
 4ポイント先取で勝利が決したこれまでのゲームと違い、タイブレークは相手に2ポイントの差をつけて先に7ポイントを先取した側が勝者となる。たとえ前のゲームで優位な立場にいたとしても、ここで2ポイントのリードを許せば勝利を奪われる。まさに神経戦になること必至の最終ゲームであった。
 藤原はこのシビアな決戦に臨む前に、自身のテニスシューズの靴紐を結び直していた。元スプリンターの彼は、シューズに対するこだわりが人一倍強い。単にコート表面の材質に合わせて靴の種類を変えるだけでなく、例えばハードコート用のシューズは靴底のブレーキングとクッション性を追及する某メーカーの何某シリーズに決めているといった具合に、独自の“こだわりポイント”があるらしい。
 山育ちの透には、正直、靴にこだわる気持ちが理解できなかった。窮屈なテニスシューズを履くより裸足で駆け回った方が遥かに楽だと思っている。しかしながら、一つ一つの穴に靴紐を通して引き結ぶ先輩の姿は大切な儀式をしているようで、見ているこちらも厳かな気分になる。彼はああやって靴紐を結び直すことで、今一度、集中の度合いが最高値に達するところまで自身を導いているのだろう。神聖なる地区大会の会場でスポーツ新聞を広げる副部長と比べれば、至極まともなやり方だ。誇らしいとさえ思ってしまう。
 ゆっくりと締め上げられていく靴紐に合わせて、藤原の顔つきも徐々に引き締まっていく。そして最後の結び目を作り終えた瞬間、その顔は会場の緊張をも己の武器として取り込む勝負師のそれになっていた。

 ゲーム再開と同時に、藤原の猛攻撃が始まった。すでに12ゲームをこなした肉体の何処に力が残っていたのか。コートを駆け回る俊敏さ。ボールに追い付き攻撃に持ち込むまでの迅速さ。どれを取っても、今までの倍の速さと言っても過言ではない。
 本気で集中した時の藤原は、ここまでのスピードが出せるのか。彼との対戦経験があるだけに、透には違いがよく分かる。
 さすがの石丸も急激にスピードアップした動きに付いて行けず、得点は一方的に光陵サイドへ傾いていく。だが藤原が「3−0」まで引き離した辺りから、石丸も反撃を開始した。
 たった3ポイントであのスピードに慣れるとは、石丸だからこそ成し得る業だろう。彼はネット前から猛打されるボレーを捕らえては相手の脇を抜くパッシングとロブのコンビネーションで返球し、じわじわと点差を縮めていった。

 石丸の反撃により、またもカウントは「5−5」と並んでいた。この抜きつ抜かれつのゲーム展開は、第12ゲームまでと同じである。
 ただ一つだけ違うのは、ここから先は一瞬の気の緩みが致命傷に直結する点である。たった2ポイントの失点で、13ゲームもの激闘が虚しい敗北に塗り替えられてしまうのだ。
 緊迫した空気の中で一歩も譲らぬ構えで奮戦する二人を見ていると、透の方が緊張で押し潰されそうになってくる。フェンスを握り締める手がじっとりと汗ばんでいる。
 どちらが勝利してもおかしくない状況だが、現段階では「5−5」と並んだ時点で勢いのある側、つまり石丸の方に分があるように見える。このままでは抜かれるかもしれない。
 そう思った瞬間、藤原の渾身のスマッシュが石丸に弾き返された。前のゲームで使われたのと同じ種類のスライス・ロブだった。
 藤原は残りの体力を全て注ぎ込みスピードアップを図ったが、鉄壁の砦を捻じ伏せるまでには至らず、逆に石丸から王手を突き付けられる格好となった。

 勝負を賭けていたであろうスマッシュを返され、少しの間、放心していた藤原だったが、やがて気を取り直したように石丸に笑いかけた。
 「こんなに面白れえ試合は久しぶりだ。さすが海南の副部長。マジ、遣り合えて良かったぜ」
 それは相手の選手に敬意を払う気持ちから、自然と漏れ出た言葉に違いない。ここまで来ると、互いの技量も手の内も知り尽くしている。13ゲームに渡る勝負の中で、スコアが一方的に傾く事なく引き分けているのだから、その実力は好敵手と呼ぶに相応しい。
 しかも、あと1ポイントでこの長い戦いに終止符が打たれるかもしれない。数分後には、二人のうちのどちらかが敗北に打ちひしがれている事だろう。競り合った末の敗北だけに、落胆も大きいはずだ。その前に一言伝えておきたい。お前は俺が認める最高のプレイヤーであると。
 いかにもスポーツマンの藤原らしい発想だと、透は思った。そしてまた、同じ事を石丸も感じたらしい。相変わらず言葉は発しないが、満足げな笑みを返すと黙ってベースラインへ戻っていった。
 長い間無視され続けた相手からようやく返事をもらい、気を良くしたのだろうか。藤原も同じように満足げな笑みを浮かべて言った。
 「いやぁ、実に結構! 結構、毛だらけ、ネコ灰だらけ。お尻の周りはクソだらけってな!」

 一瞬にして会場内を包んでいた緊迫した空気が異質なものへと変化した。ピンと張り詰めた緊張が途切れ、代わりに妙な沈黙が流れ込んでいる。水を打ったような静けさには違いないが、透の知る限り、これは言葉を失った人間が漂わせる独特の空気。コートを囲む観客全員が、唖然としているのである。
 無理もない。この期に及んでまさか『寅さん』の口上が飛び出すとは、考えもしなかった。味方ですら唖然とするのだから、事情を知らない観客達はもっと驚いたに違いない。しかもタイブレークまでもつれ込んだ末の、もうすぐ長い戦いの決着がつく直前の、互いの勇姿を称え合う感動的な場面でだ。
 冷静であるべき審判も一瞬凍り付いたが、すぐに我に返ると藤原に対して軽く注意を与えた。暴言ではないが、さすがに「クソだらけ」はまずいと判断したのだろう。

 審判から注意を受けた藤原が、「アハハ!」と笑いながら頭を下げた。相変わらずスポーツマンらしい爽やかな笑顔。だが透は見逃さなかった。彼が顔を上げると同時に、石丸の後姿を鋭い視線で追ったのを。
 これは明らかに藤原の策略である。彼は王手をかけられたからと言って、まだこの試合を諦めてはいない。それどころか石丸に一瞬の隙が出来るのを狙っていたに違いない。
 透は自らも石丸の姿を目で追った。予期していた口上ではなかったが、「蛙の小便」以外に違うバージョンがある事も知らなかったが、突拍子もない台詞である事に違いはない。それを喰らった石丸がどんな反応を見せているのか、気になった。彼は驚いているのだろうか。あるいは冷静に聞き流しているのだろうか。
 不意打ちで口上を聞かされた石丸は時間にして三秒ぐらい止まったかに見えたが、すぐに元のポジションへと戻っていった。
 さすがに彼は冷静だ。海南中の副部長ともなれば、これぐらいの妨害で集中力を切らす事はない。
 そう思いながらも、気のせいか、彼の口元が歪んで見える。もしかして、あれは笑いを堪えているのではないだろうか――。

 人間、シリアスな場面であればあるほど、笑いたくなる時がある。例えば厳かな卒業式とか、しめやかに執り行われている葬式の最中とか。笑ってはいけないと思うほど、可笑しくなる時が。
 そんな時に限って足をすくわれると言うのか、くだらない冗談の方が却って笑いを誘う場合がある。こんなくだらないジョークを真に受けている自分が恥ずかしい。そう思えば思うほど、ツボに入ってしまう時がある。
 特に石丸のような真面目な人間は、こうしたふざけた状況に慣れていない。見る見るうちに彼の口元は引きつり、顔全体が歪み始めた。
 やはり彼は笑いを堪えている。気の毒に思えるぐらいに全身を震わせて。
 この機を逃さず、藤原がネットに詰めて攻撃を仕掛けた。集中の糸が切れた石丸がペースを乱しているのは明らかだ。さっきまで決まっていた絶妙なロブはことごとくスマッシュの餌食となり、両者の立場は逆転した。
 強固な壁が徐々に崩れていき、今度は藤原がマッチポイントを迎えていた。
 一瞬の隙を突かれ、2ポイントを連続して奪われた石丸は、大きく息を吸い込むと、自分で自分の頬を平手で張った。必死で集中しようとしているのが、周りで見ていてもよく分かる。
 透は嫌な予感がした。石丸ほどの精神力の持ち主なら、これで失った集中力を取り戻せるかもしれない。マッチポイントと言えど、点差はわずか一点だ。もう一度、逆転される可能性も充分ある。それがタイブレークの怖いところである。

 藤原は相変わらず、ネット際で構えている。石丸が低く、短いロブを上げる。もう一度、ロブの二段構えで逆襲するつもりだろう。
 案の定、藤原の勢いのあるスマッシュを、石丸が低い体勢からロブで返した。ここであのロブが決まれば、同点に追い付かれる。
 ネット際にいる藤原の頭上を抜けていくロブは、透の目から見ても完璧だった。石丸は再び集中力を取り戻したのだ。
 だが、次の瞬間 ―― 後ろに大きくジャンプした藤原がそのロブを捕らえて、空中からスマッシュを叩き込んだ。
 ちょうど藤原の真後ろに当たる所で試合を観戦していた透には、彼の動きがよく見えた。
 あの石丸の絶妙なロブには一つだけ致命的な弱点があった。測ったように正確な弧を描くロブ。裏を返せば、それはどんな時でも同じ軌道を辿る。ただ問題は、その高さにある。これだけは、優れたジャンプ力をもつ藤原でも簡単には届かなかった。
 そこで彼は、真上ではなく後ろに大きくジャンプする事で打点の高さを調節したのである。後ろに向かって飛べば、落ちかけたボールとの接点が生まれる。その一点に自分の打点を合わせることで、届かなかったボールを捕らえる事も可能になる。
 藤原にとっても、届くかどうか分からない大きな賭けであったに違いない。だからこそ、決着がつくギリギリの時点まで使わずにいた。そして、マッチポイントを迎えた最終段階で、ようやくその技を披露した。後ろへ飛び上がるジャンピング・スマッシュを。
 ひょっとしたら、藤原は口上を出す前からこの展開を頭に描いていたのかもしれない。石丸に逆転されたあの瞬間、彼はロブの軌道を測っていた。透には放心状態に見えたが、実はジャンプの高さとボールとの交点を頭の中で計算していたのだろう。そして勝利を確信したからこそ、爽やかな笑顔で「結構、毛だらけ」の口上を発動させたのだ。
 愕然とする石丸に向かって、藤原はVサインを送っている。
 「アンタ、思った以上に笑い上戸だな」
 駆け引き上手な勝負師の鮮やかな作戦勝ちだった。

 藤原の勝利により、光陵学園は決勝戦への切符を手に入れた。
 しかし、透は他の部員達と同じように歓喜に浸る事が出来なかった。光陵学園の勝利は、即ち、海南中の敗退を意味する。彼等は「強豪」の名をぶん取るという悲願を達成できないまま、会場を去らなければならない。
 試合後の人混みを掻き分けるようにして、透は急いで海南部員を探しに向かった。部活動後も共に練習し、仲間として付き合っている彼等に、せめて労いの言葉をかけておきたかった。
 しかし荷物をまとめる集団の近くまで来て、次の一歩が踏み出せなかった。目の前には、先程の千葉と同じ姿の選手が大勢いた。いつも明るい面々が、一言も発する事なく黙々と帰り支度を進めている。いくら普段から親しくしているとは言え、勝利した側のテニス部員がかける言葉はない。

 透が無言でその場に佇んでいると、背後から聞き覚えのある声がした。
 「お前との対戦、楽しみにしていた。今回は一対一で遣り合えると思ったのに」
 沈黙する集団に向けられた声に反応して、村主が振り返った。声の主は唐沢だった。
 「俺もだ、唐沢。今日はリベンジのつもりで来たんだが……」
 確か唐沢は、村主とはちょっとした知り合いだと話していた。この二人は過去に対戦した事があるのだろう。リベンジという事は、村主が負けたのか。
 透は二人の会話の邪魔にならないよう黙って聞いていた。彼等は大会でのみ顔を合わせるライバル関係にあるのだろうが、そこには敵意とは違う、旧知の仲がうかがい知れるような親しげな空気が流れている。
 ところが、村主が「北斗さん、元気にしているか?」と質問を投げかけた途端、その空気は一転した。
 「それ、喧嘩売ってんの? 俺に正面切って兄貴の話を向けるのは、日高コーチとお前ぐらいなんだけど?」
 露骨に不機嫌な顔を見せる唐沢に、村主は
 「そうか。北斗さんには世話になったからな。すまん、すまん!」と言って笑顔で答えている。
 唐沢が三兄弟の次男坊である事は陽一朗から聞いたが、今の様子から察するに、兄とはあまり兄弟仲がよろしくないようだ。先程、コンプレックスの話をした時に唐沢がぼんやりと考え込んでいたのも、そこに原因があるのかもしれない。
 目の前の会話に付いていけず、きょときょととする透を気遣ったのか、村主が突然話を振ってきた。
 「トオルは、北斗さんのこと知らないだろう?」
 「えっと、知っていなくも無いような……」
 唐沢からの冷たい視線を感じて、咄嗟に透は曖昧な返事を返した。冷たい視線の意図するところは、村主の話に乗っかるなとの命に他ならない。
 不穏な気配を感じ取って言葉を濁した透であったが、村主には通じなかったと見えて、彼は朗々と語り始めた。
 「最初に北斗さんと出会ったのは二年前、俺が一年生の時だった」
 村主によると、唐沢の兄・北斗は光陵テニス部を無名校から都大会常連校にまで導いた凄腕部長で、実力も統率力も申し分ない人物であった事から、校内は勿論、他校のテニス部員でも知らぬ者はいなかった。但し彼が近隣校にその名を広めたのは、華々しい功績のみならず、当時ではまだ例を見ない徹底した実力重視の部内改革によるもので、光陵テニス部が出場選手査定の為のバリュエーションを導入し、各大会で学年に関係なく優秀な選手を起用し始めたのも、全て北斗の代からだという。
 同じ話を千葉からも聞いた事がある。当時一年生だった成田と唐沢をダブルスの出場選手に抜擢し、コーチの日高と共に光陵テニス部の改革を行った部長がいると。あれは唐沢の兄の話だったのだ。

 村主が懐かしそうに目を細めながら、話を進めた。
 唐沢の兄・北斗が光陵テニス部を率いていた頃の海南中は近隣校の例に漏れず、大会の出場選手は必ず三年生から選ぶという習慣があった。当時一年生の村主にはまだテニス部の方針に口出しする権限を与えてもらえず、海南中は常に地区大会の初戦で敗退するという情けない結果に終わっていた。
 そこで村主は部を強くする為に、先輩に頼み込んで石丸とダブルスに出場した。勝てば学年になくレギュラーを選出する方法を取り入れてもらう代わりに、負ければ二度とレギュラー決めには口出ししないという条件で。
 大きなプレッシャーの中、村主が対戦した相手が光陵学園の期待の新人と言われた唐沢・成田ペアで、試合に不慣れな海南ペアは大差で敗北した。当然の事ながら村主は負け試合の責任を追及され、先輩達から罵声を浴びせられた。ところがその時、たまたま通りかかった他校の部長が海南中の先輩達を一喝した。
 彼は他校の揉め事にもかかわらず、「後輩が弱いのは、先輩の責任だろう」と凄い剣幕で三年生達を怒鳴りつけ、村主には敗北した原因は経験値の差だけではないと言って、まるで味方の後輩を指導するかのように海南ペアの弱点を事細かに説いていった。それが唐沢の兄・北斗であった。
 村主はこの時初めて自分と同じ考えを持ち、実践している部長が他校にいると知り、いつか必ず彼等と対等に渡り合えるまでに海南中を強くすると心に誓った。唐沢兄弟とは、それ以来の付き合いとの事だった。

 村主の話し振りから、彼は唐沢の兄・北斗をかなり尊敬しているようだ。それとは対照的に、もう聞き飽きたと言いたげに唐沢はそっぽを向いている。
 「こいつの面倒を見ているのは、兄貴への恩返しのつもりか?」
 不機嫌な顔のまま、唐沢が透を指差した。
 「それもある。だが、それだけじゃない。お前にも分かっているはずだ」
 再び二人しか知らない会話に巻き込まれ、透はひどく居心地が悪かった。何となくデリケートな話題のようだが、それ以外は分からない。しかも、二人の見解が見事に食い違っている。不器用者には居づらい状況だ。
 「とりあえず、こいつの先輩として礼を言っておく。だが、俺の前で二度と兄貴の話はするな」
 唐沢は不愉快そうに言い残すと、足早に去っていった。
 もともと唐沢はあまり感情を表に出さない。固い殻で本音を閉ざしているような、そんな印象がつきまとう。
 その先輩が、露骨に不機嫌な顔を見せていた。よほど兄を快く思っていないのか。
 気にはなったが、透はそれ以上、介入する術を知らなかった。まともに聞いたところで、すんなり話してくれそうな雰囲気でもなく、そこまで親しい間柄でもない。

 透は唐沢が立ち去るのを黙って見届けてから、改めて村主に自分がここへ来た理由を切り出した。
 「あの、村主さん。皆さんの試合はしっかり頭に叩き込みました。今の俺には、それしか出来なくて。どっちも勝って欲しいと思ったんですけど、でも……」
 必死で労いの言葉を探したが、途中で何を言っているのか、自分でも分からなくなっていた。勝利側の人間が負かした相手に声をかけるのは、想像以上に気を遣う行為であった。
 労いとは程遠い、収拾のつかない形なったが、気持ちだけは察してくれたのか、村主が
 「お前の言いたい事は分かっている。だから気にするな」と慰めてくれた。
 「俺、何しに来たんでしょうね。これじゃあ、立場が逆ですよね?」
 「強くなりに来たんだ。忘れたのか?」
 「えっ?」
 「昔、お前は『これから強くなる』と、言っていた。そして、俺達も。
 俺達も、これから強くなる。だから、もう行け。お前には、まだ光陵のテニス部員としてやるべき事があるだろう?」
 村主は透に次の試合の応援に行くよう促しているのだろう。自分達の敗北よりも他校の後輩を気にかける彼は、やはり大きく見える。
 今回彼はチームが先に三敗した為に、戦うチャンスさえ与えられず、無念を抱えて会場を去らなければならない。一番悔しい思いをしているのは、村主本人だ。それでも彼は透を気遣ってくれている。
 透はもう労いの言葉を無理してかけようとは思わなかった。器の大きな先輩が欲しているのは、そんな中途半端なものではない。
 「分かりました。今度の大会までに俺も強くなって、村主さん達と同じコートに立ちます。
 だから、いつか必ず対戦して……」
 そこまで言ってから、次にいつ対戦できるのか考えた。だが、地区大会で敗れた三年生と他校の一年生とでは、対戦できる機会はどこにも残されていない。
 それでも透は強引に言い切った。
 「今度は、高校で。次に地区大会で対戦する時は、俺が必ずぶっ倒しますからね!」
 村主がそれで良いという風に一つ頷き、無言の集団の中へ戻っていった。敗れても尚、大きく見える背中に一礼すると、透は光陵テニス部員が集まる選手控え室へと駆け出した。






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