第38話 チャンス・エンド・ネット

 誰もが恐れていた最悪の事態が起きた。決勝戦の第一試合に出場中の荒木・滝澤ペアが、先程から“らしからぬ”小さなミスを連発している。
 都大会は地区大会に比べて試合自体のレベルも高く、おまけに外の気温は二十五度を越える夏日であった。日頃からバリュエーションで試合数をこなし、鍛えられている彼等でも、この厳しい条件下での連戦は辛いものがあるのだろう。しかも対戦相手は適度にローテーションを繰り返し、体力を温存している明魁学園の選手である。メンバーチェンジを行わずに戦い続けてきた滝澤達と、選手層の厚い精鋭部隊とでは格差があり過ぎる。
 捨て駒 ―― と言えば眉をひそめる部員も多いかもしれないが、コーチはダブルス二組を捨て駒として使っている。少なくとも、透の目にはそう映った。でなければシングルスで補欠選手を使い回し、ダブルス出場選手のみに五連戦を強いるといった偏ったオーダーを組んだりはしない。これも全てシングルス三戦で決着をつける為に取った作戦だ。
 透は試合経過を気にかけつつも応援席から離れ、管理棟の中の選手控え室へと急いだ。そこでは次のダブルスに出場する双子の伊東兄弟が準備に入っている。コートに上がった先輩達の手助けは無理でも、試合前なら少なからず手伝える事があるはずだ。これから捨て駒になろうとしている彼等の為に、どんな些細な事でも良い。マッサージでも、買出しでも、自分に出来る事なら何でもしようと、まさに身を投げ打つ覚悟で走っていった。

 控え室の前まで来て、透は扉の表示を何度も確認した。「光陵学園 控室」と、確かに書いてある。
 では何故、中から楽しげな笑い声が聞こえてくるのだろう。それも試合前とは思えぬ程の音量で。
 不思議に思いながら中を覗くと、伊東兄弟が例によって“あっち向いてホイ”で準備を進めていた。今回の“あっち向いてホイ”は地区大会の時よりバージョンアップしており、“あっちむいてホイ・ホイ・ホイ”の三連続だった。
 これは伊東兄弟独自の集中力アップのやり方で、今更それを妙だとは思わない。問題は彼等以外のメンバーだ。
 千葉、藤原、そして副部長の唐沢。この三人が伊東兄弟を取り囲んでいるのである。各自、ラケットの代わりに札束を握り締めて。
 「チェッ! もう一回勝負だ、太一。俺ッチ、今度こそ負けないんだかんね!」
 兄の太一朗に連敗しているのか、弟の陽一朗がむきになって勝負を挑んでいる。
 「今度、陽一が負けたら、お前等全員、一万の大台に乗るぞ?」
 脇で唐沢が仕切っているところを見ると、バリュエーションと趣旨は同じらしい。つまりは勝者を言い当てるギャンブルだ。
 「マジ!? 陽一、絶対負けんじゃねえぞ!」
 ギャンブラーからの最後通告を受けて、藤原が陽一朗に渇を入れている。
 あまりの緊張感の無さに、透は呆れるしかなかった。第一試合の戦況を知って控え室の先輩達もさぞかし殺気立っているだろうと来てみれば、彼等はチームメイトを心配するどころか、自分達のウォーミング・アップもそっちのけで賭け事に興じている。これが彼等なりの準備の仕方なのかもしれないが、首を傾げる点が多すぎる。
 今、コートで必死に戦う荒木と滝澤。彼等が、この光景を見たらどう思うのか。こんなふざけた連中の為に捨て駒になった彼等が不憫でならない。

 こうなったら、せめてこの純粋な覚悟を滝澤達の応援に費やさなければ。そう思い直して踵を返したところで、マネージャーの柏木樹里と出くわした。
 「あら真嶋君、どうしたの?」
 「えっと、あの……」
 不満顔を引っ込めることも忘れ、透は口ごもってしまった。先輩達の手助けをしたいと思って急いで来たのだが、馬鹿馬鹿しくなって帰るところだとは言えそうにない。ハッキリと口に出来ない分だけ、不満が募る。
 控え室の扉の隙間からは「よし! 太一、でかした!」と、太一朗の健闘を称える歓喜の声が聞こえてくる。どうやら勝負は陽一朗が敗れて、唐沢の独り勝ちで終わったようである。
 不満げな後輩と控え室の歓声を聞いて、状況が読めたのだろう。マネージャーが小さく溜め息を吐いた。但し腰に両手を当てて困った素振りを見せてはいるが、透のように呆れた訳ではなさそうだ。口元がわずかに緩んでいる。
 「あれでもね、気を遣っているのよ。今、一試合目が圧されている状況でしょ?
 体力が限界のところへ余計なプレッシャーを抱え込まないように、彼等なりのやり方で伊東兄弟を集中させているのよ、きっと」
 「はあ……」
 何処からどう見ても唐沢が部員から金を巻き上げているとしか思えないが、一学年上のマネージャーから言われれば、頭から否定し辛かった。彼女の説明に納得した訳ではないが、ここで押し問答をしていても仕方がない。そう判断して、透は試合会場に戻ることにした。
 「真嶋君、信じてあげて!」
 走り去る透の背後からマネージャーの声が響いた。
 「ああ見えて、彼等は強いわよ」
 普段より張りのある声が廊下を伝って耳元まで届いたが、透は一度も振り返ることなく走っていった。

 会場へ戻ると、ダブルスの一試合目はすでに決着がついた後だった。経過を見ていた疾斗が親指を下に向け、敗戦の合図を送っている。
 「6−3だ。五連戦じゃ無理もねえけど」
 「そうか。うちはダブルスの選手層が薄いし、次も苦戦するかもしれねえな」
 「ずいぶん光陵サイドは弱気だな? さっきの海斗と言い、お前と言い、そんな事で優勝出来んのか?」
 「俺だって、何の根拠もなしに強気になれるかよ。それに、相手が相手だ……」
 明魁の出場選手一人ひとりを知らずとも、京極がリーダーを務めるというだけで、透にはどれ程のチームか見当がつく。
 成田や村主のように、未熟な部員にも目をかけ平等に育てるとか。皆で一丸となって部を強くするとか。京極の頭の中にそんな生温い発想はない。強者がより強い者に従う。弱い者は群れから切り捨てる。いたってシンプルな論理が、京極の基軸であり全てである。
 どの部員も群れから切り捨てられないよう己を鍛え、より高みに上るために技を磨く。そうして生き残った者だけが、京極に追従することを許される。この一ヶ月間、直に彼と接してきた透にはよく分かる。彼が率いる群れの中に、実力以外の無駄な言葉は存在しない。
 透は隣で観戦する疾斗に、今朝、伊東兄弟から仕入れたばかりの情報を伝えた。
 「次の藤堂・東ペアは明魁を代表する『ダブルスの手本』とまで言われるコンビだって。ネットプレーを得意とする攻撃型の東さんと、守備範囲の広い藤堂さん。うちの先輩達と同じタイプだけに、どちらが先に主導権を握るかで、勝負も決まると思う」
 「伊東達も初戦からずっと出ずっぱりだよな?」
 話を聞き終えた疾斗もどちらに分があるかを察したらしく、すでにシングルスの対戦表に目を向けている。
 冷静に考えて、現時点で光陵サイドに有利な材料は一つもない。ただ決して楽観視できない状況でありながら、透が敗北の二文字を口にしなかったのは、マネージャーの言葉がまだ耳に残っていたからかもしれない。
 「ああ見えて、彼等は強いわよ」

 まるで明魁学園にとっては消化試合と言わんばかりの一方的な楽勝ムードの中で、ダブルスの二試合目が始まった。
 攻守の分担がハッキリ分かれたペア同士の対戦では、二人のうちのどちらか一人を崩さない限り、ポイントを取るのは難しい。条件は両チーム互角であっても、崩すまでに持久戦を強いられるとなると、伊東兄弟は体力的に不利だった。
 ゲームカウント「1−1」と引き分けたところで、藤堂が東に指示を出している。相手も、伊東兄弟同様、守備型の藤堂が司令塔のようである。
 第3ゲームの開始と同時に、雁行陣を敷いていた敵の陣型が変わった。明魁の選手は、二人が後方で構えるダブルバックの陣型を取っている。
 これは地区大会で、太一朗が敵の前衛潰しに使ったフォーメーションだ。藤堂は、前衛にいる太一朗をターゲットにして、攻め落とすつもりでいるらしい。
 どのペアにも、得意の攻撃パターンというものがある。伊東兄弟の場合、攻撃型の陽一朗が前衛で、守りの太一朗が後衛に位置する時。これが、もっとも点を取りやすい陣型となる。明魁ペアはそこを上手く避けて、太一朗が前衛にいる回に攻撃を開始した。
 敵のダブルバックの陣型を見て、太一朗もすぐさま自分達の得意な攻撃パターンに切り替えた。サーブ後の弟を前衛につかせ、自分が後ろに下がるフォーメーションだ。
 恐らく、残り少ない体力で効率よく勝利する為の苦肉の策だろう。だがその作戦を見越していたかのように、明魁ペアは前衛の弟を集中攻撃し始めた。
 迷わず攻撃してきたところを見ると、彼等は最初から弟が前衛に出てくると予測して、潰すつもりでいたようだ。さすがに、決勝戦のD1にオーダーされるだけの事はある。こちらが打つ手の先まで読んでいる。
 後衛二人からの猛攻撃を浴びながら、陽一朗は出来るだけ東にボールを集めて返球していた。攻撃型の東の方が少しでもガードが薄いと判断したのだろうが、このままでは陽一朗の方が先にダウンするのは目に見えている。
 いつも人を脅かしたり笑わせたりするのが得意な陽一朗。茶目っ気たっぷりの笑顔を振りまく彼の形相は返球するごとに険しくなり、呼吸も荒くなっている。兄の太一朗もフォローに回りたいのは山々だろうが、ここで陣型を崩しては相手の思う壺になる。
 第3ゲームで早くも正念場を迎えた伊東兄弟が、この先、勝てる見込みは薄かった。

 透と同じことを感じたのか、それまで無言で試合を観戦していた疾斗が口を開いた。
 「光陵、かなりヤバイ事になってねえか?」
 「ああ、相手はうちのプレースタイルはもちろん、体力も計算に入れて攻撃してきている」
 「一人潰せば充分……だもんな」
 他校とは言え、敗戦色濃いペアを気遣ったのか、疾斗は最後まで言わなかった。しかし、透にも彼が言わんとする事は分かっていた。陽一朗が潰れた時点で、伊東兄弟に勝機はない。
 第3ゲームは得意なフォーメーションに切り替えたとあって伊東兄弟がかろうじて死守したものの、第4ゲームはあっさり奪われ、明らかに試合の流れは明魁ペアに傾いていた。
 陽一朗の動きが鈍っている。ゲームの合間で兄の指示を受けている時も、うずくまったままだった。
 攻撃の要の陽一朗が動けないという事は、伊東兄弟に残された道は防御しかない。捨て駒の役目は終わったと、透が諦めかけた時だった。
 「とうとう万策尽きて、兄貴が前へ出てきたか?」
 太一朗の取った陣型を見て、藤堂が冷ややかな笑みを向けた。疲労困憊の弟を下げて、太一朗は自身が前衛に出るという逆パターンに切り替えたようだった。
 それでも結果は変わらないだろう。攻撃対象が弟から兄に変わるだけである。
 当然のように、明魁ペアは太一朗を標的にして、ダブルバックの陣型で攻撃を仕掛けてきた。
 ところが前衛の動きを見て、透は目を疑った。ボールに追いつくスピード、軽やかな身のこなし。それはまるで陽一朗がネットにいるような、そんな錯覚を覚えてしまう。
 「おい、あの前衛って、兄貴の太一朗だよな?」
 疾斗がわざわざ透に確認を入れるほど、その動きは酷似している。
 「たぶん」と答えたが、透も確信はない。
 素早い動きを伴うネットからの攻撃は陽一朗の得意とするやり方で、太一朗に同様の瞬発力があるとは思えない。同じ顔をしているだけに、余計にややこしかった。
 鮮やかなネットプレーで第5ゲームを決めたところで、前衛の太一朗が藤堂ににっこり笑いかけた。
 「俺ッチは、そう簡単には抜けないよ?」

 「お、俺ッチ……?」
 唖然としたのは明魁ペアだけでなく、味方の透も同じであった。
 今、確かに前衛の太一朗が「俺ッチ」と言った。自分のことを子供染みた呼び方をするのは、部内でも陽一朗だけである。太一朗だと思っていたのは、もしかして弟の方だったのか。
 いや、そんなはずはない。今朝一緒に会場まで来た時は、確かに髪の短い方が兄の太一朗で、金髪の方が弟の陽一朗だった。二人と会話した限りでは、入れ替わった気配は感じられなかった。
 もう一度、目を凝らして観察するが、双子というだけあって髪型以外は瓜二つだ。身内が判断できないのだから、明魁の選手達に判別つくはずはない。
 相手の必勝パターンを潰しておこうと、最初に弟を狙ったつもりが、いつの間にか入れ替わっていた。そうなると、今のこのフォーメーションは、弟が前、兄が後ろの、伊東兄弟が最も得意とする攻撃パターンになる。
 敵の攻撃に迷いが出始めたのか、いくつもの隙がコート上に現れた。藤堂の迷いが東の動きを鈍らせ、東の反応が遅れることで、藤堂の動きにも無駄が生じる。そこを鋭く突いて、前衛の太一朗が守りの薄い東を崩していく。
 攻撃型の東と、守備型の藤堂。裏を返せば、守りの薄い東と、攻撃が不得手な藤堂だ。その東の方を捕らえて攻め立て、太一朗はゲームカウントを「2−4」にまで広げた。

 第7ゲームに入ると、明魁の藤堂は陣型を基本の雁行陣に戻してきた。光陵にリードされた今となっては、改めて前衛を潰すには時間が足りない。まずは基本に戻って、持久戦に持ち込めば、明魁に有利な試合展開になる。そう判断して取ったフォーメーションのようだった。
 透は第7ゲームの光陵側のサーバーを見て、やはり金髪の方が陽一朗だと確信した。
 陽一朗にはサーブを打つ前にちょっとした癖がある。彼はボールを地面にバウンドさせる際に、人より多くスナップを利かせる。何度も試合を観戦してきた透は、その癖を覚えている。逆に言えば、そこまで細かく見ている者でなければ、あの二人のどちらが太一朗で、どちらが陽一朗か分からない。それ程までに彼等はよく似ている。
 だが、問題はここからだ。体力的に余裕のある明魁ペアが、腰を据えて基本陣型から持久戦を強いれば、このままズルズルと自滅させられる可能性が非常に高い。
 嫌な逆風を感じながらも、透は陽一朗のサーブを見守った。
 太一朗に何か策はあるのだろうか。弟と同じく連戦しているのだから、彼も体力的に苦しいはずである。

 サーバーの陽一朗が、相手の隙をついてネットまでダッシュした。今度は太一朗もネットから下がらない。
 「あれはネット並行陣」
 前回の地区大会を教訓にして、透もダブルスの陣型を一通り頭に入れていた。あくまでも念の為ではあるが、この念の為の用心が必要だと思い知らされている。
 「ネット並行陣? 二人揃って前に出たら、ロブで抜かれないか?」
 「ああ、確かにその可能性もある。でも、あのスピードなら、相手からロブを上げられる前にうちが先に決めると思う」
 透の予想は早くも現実のものとなった。
 前のゲームで太一朗が弟と入れ替わったように見せたのは、単に敵を翻弄させるだけでなく、陽一朗の体力を終盤までに回復させる事が目的だった。2ゲームが行われている間、集中砲火を浴びずに済んだ陽一朗は、残りのゲームをトップギアで動ける程に回復したのである。
 しかも今回は二人揃ってのネットプレーだ。体力の消耗は半分で済む。そしてターゲットとなるのは、序盤からずっと崩し続けていた東であった。
 「チャンス・エンド・ネットだ」
 透は前に勉強した本の中で、こういう攻撃方法があったのを思い出した。
 「チャンス・エンド・ネット?」
 「レシーバーの陣型を崩しながら、ネット並行陣を取れるよう組み立てる攻撃パターンだ。太一先輩は、最初からこの陣型で勝負する為に、東さん一人に狙いを定めていたんだ」
 これまでの執拗な返球に加え、ネットからのダブル攻撃を受け、さすがの東にもミスが出始めた。たまらず藤堂がフォローに回るが、そのコンビネーションの裂け目を伊東兄弟が見逃すはずはない。前衛の二人から次々と叩き込まれるボレーが、形勢逆転の確かなポイントへと繋がった。

 現在、光陵テニス部を先頭に立って牽引する唐沢と成田。その二人にダブルスを仕込まれた伊東兄弟は、決して捨て駒などではなかった。
 彼等は最初に攻撃されたと見せかけて、東一人を標的として徐々に体力を削り、中盤では兄と弟が入れ替わることで、陽一朗の体力を回復させる為の時間を稼いだ。ネット並行陣の攻撃力は、弟の瞬発力と比例する。全て、終盤で一気に勝負をつける為の作戦だったのだ。
 控え室で、延々と“あっち向いてホイ”を続けていたのも、いつも以上に集中力が必要とされる展開を想定しての事だろう。相手の得意な陣型を考慮した上で、少ない体力で効率よく勝つ手順が、あの時すでに太一朗の頭の中では組まれていた。
 ゲームカウント「5−2」と、伊東兄弟が王手をかけている。
 追い込まれた明魁ペアから、苦肉の策でロブが上げられる。ペアの二人がネットについた状態でのロブは、まさにマニュアル通りの反撃だ。
 だが、その模範プレーを簡単に打ち砕いてしまうのが、勢いに乗った陽一朗の怖いところでもある。彼は自慢の金髪を風になびかせて、ほんの少し後ろへ下がった位置から飛び上がったと思えば、「いただきッ!」のかけ声と共に東の足元にスマッシュを叩き込んだ。
 「うちの兄弟ってさ、やられたら倍返しが基本なんだよね。俺ッチを潰そうとしてくれたお礼、たっぷりさせてもらうかんね!」
 意気揚々と語る陽一朗の顔には、例の茶目っ気たっぷりの笑みが溢れている。
 「次も行くよ、東ッチ! いや、やっぱ藤堂ッチにしよっと!」
 エンジン全開で走り始めた弟は、止まることを知らない。
 「アハハ、引っかかった! サイド空けちゃダメだって!」
 ネット並行陣。それはロブさえ攻略できれば、強固な守りにも転ずる攻撃型の陣型だ。
 「ああ見えて、彼等は強い」
 マネージャーの言葉は嘘ではなかった。連戦を強いられ厳しい状況だったにもかかわらず、最終的に伊東兄弟は明魁の『ダブルスの手本』を相手に、ゲームカウント「6−2」で勝利を収めていた。

 試合終了と同時に、太一朗と陽一朗が二人してコートにへたり込んだ。互いに上半身をもたれさせ、下半身は地面に投げ出し、もう一歩も動けない様子である。彼等はコートから出る余力も残せぬ程の極限状態で戦っていたのだろう。
 同級生の千葉と中西に抱えられるようにして、二人が控え室へと戻っていく。その姿を目で追いながら、透は確信した。
 京極の群れにはないものが、光陵テニス部には存在する。それは時に無駄に見えたり、呆れ返ることもあるが、逆境を跳ね返すだけの強さとなって発揮される事もある。
 「うちの先輩、強ええや!」
 伊東兄弟の活躍により、一対一の引き分けに持ち込まれた決勝戦。いよいよ両校のベストメンバーによる一騎打ちが始まろうとしていた。






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