第23話 道を継ぐ者

 自室の窓から斜めに差し込む西日の強さで、透は目を開けた。さほど時間が経ったようには思えぬが、どうやら半日近く眠っていたらしい。
 学校帰りと思しき子供たちの賑やかな声が遠くで聞こえる。区役所の防災無線が夕方の五時を知らせる『夕焼け小焼け』を流している。
 五感は着実に夢現(ゆめうつつ)の狭間から抜け出し、現のほうを捉えつつあったが、透はあえて気付かぬふりをして薄れゆく余韻に浸かっていた。
 悪夢ではなかった。むしろ爽快感を覚えるほどに、夢の中に現れたジャンは生き生きと、そしてかなり自慢げにアングルボレーを披露してみせていた。
 確か彼は通常のボレーより腰を低めに落として、ラケットも立てて構えていた。両肘を軽く揺らしていたような気もするが、あれはグリップを柔らかく保つためなのか。
 細かい箇所を思い出すたびに、体が疼いて仕方がない。
 今すぐコートに立ちたい。彼の残像が消えないうちに。
 『夕焼け小焼け』が鳴り止んだ。日没までには、まだ少し時間がある。
 透はベッドから起き上がると、クローゼットに立てかけてあったラケットバッグを肩に引っ掛け、自宅を飛び出した。

 さすがに今からテニス部に顔を出すのは気が引けた。せっかくの唐沢の好意が無駄になるばかりか、大幅な遅刻は皆の練習の妨げにもなる。
 ここは他を当たるが妥当と考え、透は区営コートへと足を向けた。
 ボレー練習を行なうには相手が必要だ。球出しとまでは言わずとも、せめてボレー対ストロークで打ち合える相手でなければ、ジャンのアングルボレーを再現するのは難しい。
 片っ端から知り合いに声をかけるつもりで区営コートに足を踏み入れた透であったが、そこで思いも寄らない人物と出くわした。
 先月の地区予選でケガを負わせた村主である。
 「よう、トオル? 元気だったか?」
 「村主さん、どうして? 足のケガはもう良いんですか?」
 「ああ。やっと医者の許可が下りたんでリハビリを兼ねて来てみたんだが、練習相手がいなくて困っていたところだ。
 どうだ、久しぶりに打たないか?」
 「いえ、実は……」
 透はアメリカでの出来事を村主に話した。別段、大きな決意も迷いもなく、淡白と言っても良いほど落ち着いて。
 ジャンとの出会いに始まり、彼が命を落とすに至った経緯。その死を乗り越えたと思っていたが、受け入れられたのは死という現実だけで、いまだ罪悪感は拭い切れておらず、アングルボレーの完成に支障を来していることも。
 昨夜、唐沢に本音を打ち明けたことで、心の整理がついたのかもしれない。なるべく触れずに済ませていた後ろ暗い過去を、自分でも驚くほどすんなりと話していた。
 「やっと形になりそうなんです。今までぼんやりしていたジャンのフォームが、さっきハッキリ見えたんです。
 だから、どうしても覚えているうちに再現しておきたくて」
 「だったら、俺が練習相手になってやる」
 「でも村主さん、まだ足が?」
 村主の提案は願ってもないことだが、彼の足首に巻かれたサポーターがそうすべきではないと訴えている。
 「遠慮するな。球出し程度なら、どうにか出来る」
 「無茶ですよ。二週間もブランクあるのに。
 今日は軽いラリーに留めて、大人しく帰ってください。これで何かあったら、俺、海南の皆に合わせる顔がありません」
 「せっかく形になりかけているんだろ?
 このタイミングを逃したら、また埋もれてしまうかもしれないぞ。良いのか?」
 「それは……」
 確かに村主のいう通り、記憶が鮮明なうちに再現したい。そう思ったからこそ区営コートまでやって来た。
 だが、そのために彼に再発のリスクを負わせるとなると、やはり躊躇してしまう。
 難色を示す透に向かって、村主が説得を続けた。
 「リハビリ代わりにボールを出すだけだ。決して無理はしないと約束するから、俺に借りを返させてくれ」
 「借り、ですか?」
 「このケガのせいで、お前にも迷惑をかけた」
 「いえ、あれは俺が……」
 「あれは事故だ。
 だが、お前の性分からして割りきれていない。そうだろ?
 俺も同じだ。だから似た者同士、ここでケリをつけないか?」
 自責の念に捕らわれているのは、自分だけではない。村主もまた被害者でありながら、己を責めている。
 村主はどちらの苦悩も知った上で、手を差し伸べてくれている。互いに自責の念を抱えているのなら、ここで共に水に流そうと。
 「分かりました。村主さん、球出しお願いします。
 けど、絶対に無理しないでくださいよ?」
 「ああ、分かっている。但し、やるからには手は抜かない。覚悟しろよ?」

 村主から送られてくるボールは、彼が療養中の身であることを失念するほど的確なものだった。さすが海南テニス部を率いてきただけのことはある。
 透は彼の好意を無駄にせぬよう、全神経をボレーに集中させた。
 一球ずつ返球するごとに、記憶に留めた映像が鮮明さを増してくる。
 やはり夢の中のジャンは両肘を軽く揺らしていた。上腕から手首までを解すイメージだ。
 体の関節を柔らかく保つことで、筋肉が自由になり、感知能力が高まる。腰を低く落としていたのも、その為だ。
 ジャンのあの構えは、己の肉体を感度の良いクッションに切り替えるための準備も兼ねていた。
 まず柔らかなクッションと化した肉体でインパクト時の衝撃を吸収しつつ、高感度のセンサーでボールの感触を探り、そこから知り得た情報をもとに鋭角に切り込むコースを弾き出し、その軌道に沿って一気にサイドスピンをかける。
 手順は合っているはずなのに、まだ何かが足りない。ジャンのボレーにはもっと鋭い回転がかかっていた。
 「くそっ! 何でだよ!?」
 「焦るな、トオル。俺も最後まで付き合うから、気が済むまで試してみれば良い」
 様子を見兼ねた村主が慰めの言葉をかけてくれるが、彼の身体的負担を考えると、焦りは募る一方だ。
 「すみません。完成には近づいていると思うんですけど……」
 あと一歩のところで手が届かない。この何とも言えないもどかしさは覚えがある。
 透は村主との練習を続けながらも、頭ではブレイザー・サーブを完成させた時のことを思い返していた。
 あの時も99パーセントのところまで来ていて、最後の1パーセントの答えが見つからず苦労した。
 1パーセントの答えを求めて悪戦苦闘を続ける透に手を貸してくれたのは、コーチ志望のモニカであった。
 彼女の協力のもと、プロの選手たちのサーブを研究し、試行錯誤の末にようやくブレイザー・サーブを完成させたのだ。
 ところが、その苦難の道のりを最もよく知るはずのジャンは、完成品を見せられても協力者であるモニカばかりを褒め称え、透に対してはろくな賛辞も述べず、憎まれ口を叩いていた。
 思い起こせば、ジャンにまつわる思い出は腹立たしいものの方が断然多い。
 彼から懇切丁寧な指導を受けた覚えは一度もなく、最初に手本を見せたら「あとはてめえで何とかしろ」だった。
 しかも、やっとの思いで難儀なハードルをクリアしても称賛の言葉もない。そのくせ、透が少しでも道を誤ろうものなら容赦なく殴られた。
 どうして、今、こんなことを思い出すのか。大して懐かしくもない、どちらかと言えば苦い思い出を。

 ふいに透は強烈な不快感に襲われた。腹の辺りがムカムカする。
 「村主さん、すみません。もっとペースを上げてもらって良いですか?」
 不快の原因は分かっている。これは地区予選の時と同様、心理的作用によるものだ。
 アングルボレーの完成が近づくにつれ、自分に対する嫌悪が深まり、それが吐き気を起こさせる。ジャンから与えられた最後の課題を乗り越えようとする行為に、自らが異を唱えているのである。
 お前は充分苦しんだと言えるのか。やり残した課題を終わらせることで、過去に犯した過ちを消し去ろうとしているのではないか。
 いくらペースを上げても、吐き気は一向に収まらない。ネットの向こうの村主とジャンの姿が重なって見える。
 ひたひたと迫り来る恐怖と不快な嘔吐。視界にも赤い血痕のようなものがチラつき始めた、その時だ。
 「何をやっている!?」
 今度は背後から唐沢とよく似た声がした。
 「バカな真似は止めろ!」
 村主との間に立塞がるようにしてコートに入って来たのは、やはり唐沢だった。
 幻覚かと思ったが、どうやら意識は正常に保たれているらしい。
 「唐沢先輩、どうしてここへ?」
 「部活の帰りにお前の家に立ち寄ったら留守だから、もしかしてと思って来てみたんだ。
 一体、どういうつもりだ? 今日は休めと言っただろう?」
 「すみません。でも、もう少しで形になりそうなんです。ずっと曖昧だったアングルボレーが、やっとハッキリ見えたから……」
 「そんな青い顔して、無茶をするな。
 村主、お前もだ。まだ療養中だろ?」
 村主に向き直った唐沢は、今までに見たこともない険しい形相で睨みつけている。友人と後輩、二人の身を案じているのだろうが、そこには少なからず非難も見えていた。
 しかし当の村主は何事もなかったかのように、透に続きを促した。
 「日暮れまで時間がない。続けるぞ」
 「村主さん、でも……」
 ふたたび練習に戻ろうとする村主を、唐沢が背後から肩を掴んで引き止めた。
 「村主、どういうつもりだ?」
 「俺達はリハビリを兼ねてボレー練習をしているだけだ。目くじら立てて怒ることでもないだろう?」
 「ふざけるな! こんな無茶な練習を続けて。
 ケガを悪化させて苦しむのは、お前だけじゃない。うちの大事な部員を潰す気か?」
 「潰そうとしているのは、お前だろう!?」
 振り向きざまに村主が、あの温厚な彼が、唐沢に掴みかかった。とっさに唐沢も胸倉を掴み返したが、ケガ人への遠慮があるのか、形ばかりの対応に見えた。
 「どういう意味だ、村主?」
 「言葉通りの意味だ。
 唐沢? お前がやろうとしているのは現実逃避だ。トオルに自分を重ねて、こいつが傷つかなくても済むよう問題を先送りにしているだけだ。
 そんなことで、この先、お前もこいつも戦っていけるのか? いい加減、目を覚ませ!」
 互いに胸倉を掴み合い、一歩も譲らぬ姿勢を示しているが、気迫の面では村主が勝っていた。唐沢の体が徐々に村主の方へと引き寄せられていく。
 切れ者と恐れられた先輩が後手に回る姿も。お人好しの村主がここまで厳しく相手を叱責する姿も。どちらも透には初めて目にする光景だ。

 唐沢を締め上げたままで、村主が続けた。
 「地区予選で、なぜ俺があんな無茶をしたのか。本当の理由を教えてやろうか?
 唐沢、お前が本気を出そうとしなかったからだ」
 「何を馬鹿な……」
 「違うと言い切れるか? 最初から俺と真っ向勝負するつもりだったと断言できるのか!?
 答えろ、唐沢!」
 演技でもなければ、脅しでもない。村主の怒声は腹の底から出されたもので、その憤りの強さは青筋だったこめかみからも見て取れた。
 「この五年間、俺が北斗さんへの憧れだけでお前達を追い続けたと思うのか?
 代々受け継がれてきた伝統を破るというのは、綺麗ごとだけでは済まされない。チームの命運を託せる仲間がいなければ、決して踏み切れることじゃないんだ。
 俺は実際に自分でチームを立て直してみて、よく分かった。北斗さんは、お前や成田を心から信頼していた。
 スキルの高さとか、勝負強さとか、判断基準はいくつかあったかもしれない。
 しかし最後の決め手となるのは、仲間を信頼できるか、否かだ。北斗さんに『こいつ等となら運命を共にしても良い』と思わせる熱意がお前達にもあったんだ。
 だから俺は光陵学園を追い続けた。北斗さんが認めたプレイヤーと同じ土俵で勝負したくて、必死になって追いかけた。それなのに、お前は……」
 透の記憶では、地区予選で唐沢が手を抜いていたようには見えなかったし、成田からも正当な戦術だと評価されていた。
 だが試合前、唐沢から防御に関する指示しか受けなかったのも事実である。
 成田にも見抜けぬほどの僅かな温度差が、ネットを挟んで対峙した者には見えたのか。
 少なくとも村主にはそう映った。だから唐沢を追い込もうと、無茶なボールに手を出した。
 「唐沢、なぜお前は向き合おうとしない? 北斗さんに認められた自分をわざと否定するような真似をする?
 お前が本当の自分と向き合わない限り、地区予選は勝ち抜けても、いずれ光陵学園は敗れ去る。それでも良いのか?」
 中学のまだ新入部員の頃から五年間、ずっと背中を追い続けた村主だからこそ気づくこともあるのだろう。
 そして、村主が手抜きと感じる原因は、成田が最後まで気にかけていた一件と関わりがあるに違いない。

 唐沢は一言も返さなかった。わなわなと震える両腕に締め上げられたまま、反論はおろか、何の反応も示さない。
 唯一、彼の意思らしきものが垣間見えたのは、長い前髪から透ける視線。
 偶然それを認めた透は息を呑んだ。
 昨夜の自分がそこにいた。
 「悪かった、村主……」
 虚ろな目をした先輩から漏れ聞こえる謝罪はあまりに弱々しく、まるで死人のような危うい印象を抱かせる。
 さすがの村主もその豹変ぶりに罪悪感を覚えたらしく、渋々ながら手元を緩めた。
 「唐沢、俺は謝罪の言葉を聞きたい訳じゃない。
 光陵には強くあって欲しい。俺達に追い続けるだけの価値があったと、思わせてくれ。
 お前にはその力があるはずだ」
 「すまない、村主。トオルを頼む」
 唐沢は村主の呼びかけにも応じることなく、消えそうな声で言い置くと、ふらふらとコートから出て行った。
 「唐沢先輩!」
 彼をひとりにしてはいけない。昨夜、自分が取った行動を振り返り、コートから飛び出しかけた透を、村主が制した。
 「止めておけ、トオル。まずは、お前自身の決着をつけてからだ」
 「でも……」
 「自分の始末も出来ない奴が追いかけたとしても、共倒れになるだけだ。違うか?」
 確かに村主のいう通りである。
 いまだ誰かの助けを必要とする自分に、何が出来るというのか。その前にやるべきことがある。
 「分かりました。村主さん、続きをお願いします」

 村主の球出しのペースが一段と上がった。
 本能でしか対処できないギリギリの間隔を計ったように矢継ぎ早に飛んでくるボールは、透を思考からも嘔吐の不快感からも切り離し、ただひたすら目の前にある課題に集中せざるを得ない状況に追い込んだ。
 「よく思い出すんだ、トオル。そいつはお前に何を教えた? 
 面倒事には巻き込まれるな。目の前に困難が迫って来たら逃げ出せと、教えたのか?」
 ジャンはそんな卑怯なことは教えなかった。いつだって正々堂々と勝負することを誇りとし、自らもそれを貫いた。
 「そいつはお前に何を望んだ? そうやって無様にコートで吐くことか?」
 いいや、違う。ジャンが望んでいたのは、彼を越えるほどの強い男になることだ。
 荒っぽい指導も、容赦のない大きな拳も、そこにはいつも彼の願いが込められていた。
 「良いか、トオル? たとえ彼の技を習得したからと言って、ここまでお前に強い影響を与えた人物だ。そう簡単に忘れることなんて出来やしない。
 生かすんだ、お前の中で。彼の教えを」
 ボールを柔らかく捕らえた瞬間、透は直感的にラケットの角度を変えた。記憶の中のジャンのフォームとは若干異なるが、こうした方が良いと思った。
 打球がふわりと軽くなる。まるでボールが息を吹き返すような感触がグリップを通じて伝わってくる。
 どうやら問題はボールを捕らえる瞬間のラケットの角度にあったようだ。フォームにこだわり過ぎて、自分の腕から伝わる感覚を無視してボレーを放とうとした結果、微妙にタイミングがズレていたらしい。
 フォームを模倣するのは悪くない。だが、送られてくるボールも、受け手も違う。ガットに触れてから送り出すまでは、自分の感覚を頼りに動くしかない。
 言い換えれば、その感覚が重要な鍵を握るからこそ、ジャンはあのような構えを取っていたのである。
 奇しくも最後の1パーセントの答えは彼の指導と同じ。ボールを受けたら、「あとはてめえで何とかしろ」だった。

 球出しを続けていた村主の動きが止まった。
 「これが……?」
 「はい。ジャンが俺に教えてくれたアングルボレーです」
 透の放ったボレーがサイドラインを斜めに横切り、区営コートの端まで駆けていった。
 「こいつは想像以上だ」
 「『伝説のプレイヤー』の決め球ですから、半端じゃないッスよ」
 「よく頑張ったな、トオル」
 「ありがとうございます。村主さんのおかげです。
 さっき練習を止めていたら、たぶん、永遠に完成しなかったと思います」
 「いや、俺は背中を押しただけで、これはお前の努力の賜物だ」
 あれほど強く感じた恐怖も吐き気も、嘘のように消えていた。村主とジャンが重なることもない。
 コートの端でいまだ回転を続けるボールを見ながら、透は深い安堵に包まれていた。
 アングルボレーという強力な武器を得たからではない。最後の課題を終えたとしても、ジャンは消滅したりはしない。そのことを確信したからだ。
 「見ていてくれ、ジャン。俺はアンタに恥じないプレイヤーになってみせるから」
 遠く東の空を仰いだ透の耳元に、懐かしい台詞が甦る。
 ――ほう? お前の将来の夢は、ここのリーダーか? 思ったより、地味な夢だな。だったら、もっとデカい男になってから戻って来い。
 ジャンは生きている。彼が命を賭して守ってくれた、この体の中に。そしてその事実を、ほんの少しであるが誇りに思えた。
 「村主さん、今日は本当にありがとうございました。病院まで送ります」
 「俺は良いから、あのバカを頼めるか?」
 「でも……」
 「あのバカ」が誰のことを指すかは分かっているが、冷静になった頭で考えてみると、つい二の足を踏んでしまう。
 昨夜の自分 ――悪夢と現実との区別もつかず、支離滅裂なことを並べ立て、「死ねば良かった」などと口走る危ない奴―― を救えたのは唐沢だからであって、逆の立場で同じことをやれと言われても、果たして救いになるかどうかは疑わしい。下手をすれば、彼の足を引っ張りかねない。
 すっかり腰の引けた透に、村主が冗談とも本気ともつかない笑顔を向けた。
 「難しく考える必要はない。あのバカに『俺は乗り越えた。お前はどうする?』と挑発してやれば良い」
 「挑発なんて、そんな……」
 「俺や成田じゃ駄目なんだ。頼む、トオル。唐沢の心に届くのは、もうお前の言葉しかない」
 この一言が透を動かした。
 同じ暗闇にいた者にしか見えないものがある。唐沢が抱える問題を解決する自信はないが、寄り添うだけでも救いになるはずだ。
 透は村主に一礼すると、唐沢の自宅へと駆け出した。






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