第12話 パドックの面々

 透が朝のトレーニングから戻ってくると、母親が二本指でVサインを作りながらテンションも音域も高い声で話しかけてきた。
 「トオル、今日はこれでしょ?」
 理由は分からないが、昔から彼女は大事な試合やイベントをVサインで表現してみせる。
 陽気な母親の浮かれた言動に対し、透は「ああ」と仏頂面で答えただけで、さっさと風呂場へ直行した。親の存在を疎ましく思う歳でもあったが、自身に課しているトレーニングがきつい所為でもあった。
 海南中の村主達と出会って以来、透は日々の部活動と区営コートでの練習の他にも、独自のトレーニングメニューを組み立て、毎朝、地道にこなしていた。
 わざわざ運動の為に時間を割くなど、岐阜で生活していた頃には考えられない事だった。何しろ学校へ行くだけでも片道八キロの道のりだ。遊びに行くにしても、街へ出るにしても、アップダウンの激しい山道を通らなければならなかった。
 だが、都会での生活は違っていた。舗装された平坦な道路。電車やバスの交通網も発達しており、何処へ行くにも短時間で到着する。便利すぎる生活は、足腰をまったく使わない。それ故、山で生活していた頃の運動量の不足分を補おうと、ランニングや筋力トレーニングなどの練習メニューを自分で考え、毎朝登校前に実践しているのである。

 汗まみれの体をシャワーで流して戻ってくると、食卓には普段よりも豪華なメニューが所狭しと並べられていた。
 透の母親は栄養士の資格を持っており、その時々で息子の体に合わせた食事を考え提供してくれる。今朝は餅入りの力うどん、おにぎり、バナナなど、即エネルギー源になりそうな食べ物が食卓の大半を占め、脇にはビタミンと糖分が同時に摂れるフルーツジュースと透の好きなレモンティーが添えてある。普段は照れ臭くて言えないが、こういう気遣いはありがたいと思っていた。
 「親父は?」
 「龍ちゃん? あら、そう言えば、昨日の夜から居ないわね」
 母親は自分の旦那の事をいまだに「龍ちゃん」と呼んでいる。そもそも彼女から親らしい ――お父さん、お母さん、息子といった親と子、大人と子供を線引きするような―― 単語を聞いた事がない。いつでも家族の誰もが平等、友達感覚なのである。
 一般家庭から見れば一風変わっているかもしれないが、彼女よりも変わり者の父親がいる所為で、透は大して気にも留めていなかった。
 父・龍之介は学者肌というのか、得体の知れないところがあり、突然思いついたようにふらりと家から出て行く事もしばしばで、何日も経ってから、また思い出したように帰ってくる。例えその日に息子の大切な行事があったとしても、彼の生活スタイルは変わらない。気まぐれで、自分勝手で、家族の迷惑も顧みない傍迷惑な存在だ。
 従って母親も多少のことでは驚かないし、自分の旦那が夜通し飲み歩いて帰って来ずとも騒ぎ立てる事もない。基本的に、彼女には余所の母親のように家庭を守るとか、家族の身を案じるといった発想が1ミリたりとも無いのである。息子がわずか五歳で中学生を相手に決闘しに行くと言い出した時も、十歳で山の主と恐れられたイノシシを仕留めに出かけた時も、彼女は笑顔でVサインを作って送り出している。
 幼い頃は普通だと思っていたが、最近、透は自分の両親が世間を基準にした場合、マイペースの度を越えた変わり者である事を薄っすらと気付き始めていた。

 「どうせ、どっかで飲んだくれているんだろ?」
 父の不在に慣れているとは言え、一抹の寂しさが透の胸をよぎり、小さな痛みを残していく。
 今日はテニス部で地区大会の出場選手を選出する為のバリュエーションが行われる日であった。遥希を倒すと宣言してからずっと、この日の為にトレーニングを積んできた。日々の部活動はもちろん、毎朝行う自主トレーニングと区営コートでの実践練習と。これらは全て今日の為に努力してきた事である。
 透が寂しく思うのは、父親からの助言を当てにしているからではない。父が通った中学校のテニス部で、初めて息子が試合をするのである。同じテニス部のOBとして、せめて一言ぐらい声をかけて欲しかった。
 「がんばれ」などと言われなくても良い。今日が大事な日である事を、父が認識している。気にかけてくれていると思いたかったのだ。
 透は龍之介の名前が刻まれたラケットを手にすると、ムッとしたまま家を出た。


 学園祭が近いせいか、日曜日だというのに、多くの生徒達が学校に姿を見せていた。普段の休みは閑散としている校舎も、今日は活気を帯びている。
 奈緒は親友の詩織と共に、様々な音と声が飛び交う賑わいの中を目的の場所を目指して歩いていた。手芸部と料理研究部、それぞれ文化部員として学園祭の準備があったのだ。
 ところが二人が別々の部室へ向かうべく校舎に一歩足を踏み入れた時だった。グラウンドからテニス部のマネージャーである塔子が慌てた様子で走り寄ってきた。
 「奈緒! 詩織! ちょっと、あれ見てみなよ」
 ジャージ姿にファイルを抱え、塔子はすっかりマネージャー職が板についている。
 奈緒が塔子の指差す方向を見てみると、テニス部の部室の前にバリュエーションの対戦表が掲示されていた。
 「真嶋、すごい事になっているんだよ」
 そう言われても、テニス部の内情に明るくない奈緒と詩織には、どこがどう「すごい」のか、さっぱり分からない。いまだに校内試合を「バリュエーション」という呼び方にも慣れていない二人である。顔を見合わせる以外、さしあたって出来る事はない。
 「だから真嶋の対戦相手がさ、午前はシンゴ先輩で、午後はハルキ君なんだって!」
 塔子は苛立ちを隠しきれない様子で早口でまくし立てているが、部外者の二人には要領が掴めない。
 仕方なく、塔子がバリュエーションの現状から順序だてて説明し始めた。
 それによると、通常、入部したての一年生は午前のノン・レギュラー同士の勝ち抜き戦に敗れた後は午後に行われるレギュラー同士の試合を観戦するのがお決まりのパターンであるが、今回コーチの日高の指示で、透と遥希の二人はノン・レギュラーの勝ち抜き戦を免除され、準レギュラーとして午前も午後もレギュラー陣に交じって試合に参加する事になったという。因みに日高がその特別枠を設けた理由は、新入部員を対象に行われたスポーツテストで二人が一年生から三年生までのノン・レギュラーの中でも各部門において最高最速数値を叩き出しており、準レギュラーに値すると判断したのだそうだ。
 つまり正式なレギュラー入りは今日のバリュエーションの結果によって決められるものの、現在、彼等はノン・レギュラーの中では地区大会の出場枠に最も近い位置にいるという事だ。これが第一の“すごい事”だった。
 加えて透の午前の対戦相手は、部長、副部長に次ぐ実力の持ち主で、部内一の俊足を誇る三年生の藤原慎悟であった。遥希に関してはジュニア時代の戦績から考えて、今回のような特別措置が設けられたとしても驚く者はおらず、むしろ当然だと思われていたが、透はテニス歴二週間の新入部員である。そんな素人同然の彼にレギュラー陣と、しかも部内ナンバー3の実力者と対戦させること自体、“すごい”を通り越して無謀との話であった。
 何処がどう“すごい”か、理解した奈緒は、その突拍子もない特別措置に遅ればせながら絶句した。いくら運動能力に長けた透でも、部内ナンバー3の三年生と対戦すれば大敗するに決まっている。テニスを少しかじった程度の自分でもそれぐらいは判断できるのだから、コーチの日高が分からないはずはない。何か考えがあるにしても、最悪の試合結果が容易に想像つくだけに、奈緒は心配でならなかった。

 「へえ、うちのテニス部員って、こんなにいるのかぁ」
 皆の心配をよそに、話題の中心人物・透が普段と変わらぬ様子で現れた。対戦表を眺めながら呑気に部員数の多さに感心しているところを見ると、彼はまだ事の重大さに気付いていないようである。
 「ちょっと、真嶋! アンタ、大丈夫?
 いきなり午前中からシンゴ先輩と試合するんだよ。分かってる?」
 マネージャーの塔子が準レギュラーの自覚を促そうと強い口調で呼びかけているが、当の本人は
 「いや、知らなかった」と、のんびりとした答えを返している。
 「何、呑気なこと言ってんのよ! シンゴ先輩と言えば、うちのナンバー3よ?
 元陸上部で、足が速くて、格好良くて、爽やかな、あのシンゴ先輩なんだよ?」
 格好良くて爽やかかどうかは別として、実際、その部分が試合に影響するとも思えないが、とにかく手強い先輩である事は、奈緒にも理解できた。そして塔子がテニス部のマネージャーを切望した理由がそこにある事も、今更ながら分かってしまった。
 「何だ、やっぱり塔子はシンゴ先輩を狙っていたんだ!」
 塔子の背後から、彼女に負けず劣らずの快活さで会話に加わる人物がいた。
 「あ、樹里先輩! なんでメモなんか取っているんですか!?」
 「一応、マネージャーの先輩としてね。気になる事はメモしておかないと」
 どうやらその口振りから察するに、彼女は塔子の話によく出てくる先輩マネージャーの柏木樹里らしかった。
 「それにしても、シンゴ先輩ねぇ。ま、人それぞれだけど」
 「そういう樹里先輩だって、副部長狙いですよね?」
 「ちょっと、塔子!?」
 「確かにルックスで言えば副部長もアリかもしれないですけど、ほら趣味が……」
 「趣味で言うんだったら、シンゴ先輩だって……」
 「あれは完璧なシンゴ先輩ならではのキュートな一面って言うんです!」

 奈緒はマネージャー同士のガールズトークに耳を傾ける振りをして、いまだ呆け顔で掲示板を眺めている透に目をやった。
 この一週間、彼が部活動の後も区営コートで練習を続けていた事は知っている。苦手としていたバックハンドもフォアハンドと同様に使えるようになり、リターンのコースコントロールもストレートとクロスに打ち分けられるようになったと話していた。
 奈緒も一応はテニス経験者だ。話の内容から、透が同じ学年のテニス部員に負けない程に急成長している事は感じている。
 だがしかし、いきなり三年生のレギュラーが相手となると、話は別だ。今から厳しい戦いを強いられる透に対し、何と言って声をかければ良いのだろう。「頑張ってね」ではプレッシャーがかかるだろうし、「気楽にやってね」では敗北を前提としているようで、この場に相応しい台詞が浮かばない。
 何か気負わず前向きになれそうな言葉を探していると、透のほうから奈緒に話しかけてきた。
 「いや、マジで知らなかった。シンゴ先輩って、藤原って言うんだな? ずっと下の名前で呼んでいたから、分かんなかった」
 これを徒労と言うのだろう。どうやら透の関心は別の所にあるようだ。対戦相手の実力よりも苗字の方に注意が向くとは、大器なのか、感性がズレているのか。奈緒には判断がつかないが、いずれにせよ、ここで騒ぎ立てても無駄な事だけは理解した。

 部室の前には、いつの間にか多くのテニス部員で人だかりが出来ていた。さすがに地区大会出場が懸かったイベントとあって、皆が真剣な眼差しで対戦表に見入り、それぞれの組み合わせによって歓喜や落胆の声を漏らしている。
 「おはよう、『ウ吉』君。調子はどうかな?」
 戦々恐々とする集団の中から、一人だけ穏やかな笑みを湛えた先輩が透に声をかけてきた。赤みがかったココア色の頭髪に、屋外で活動しているテニス部員とは思えないほど色白の透けた肌。副部長の唐沢であった。
 唐沢はなぜか透を『ウ吉』と呼んで、妙に親しげに話しかけている。
 「唐沢先輩! 今日こそ『ウ吉』は返上しますから!」
 「うん、頼もしいね。その意気だ。俺も、応援するからね」
 柔和な笑みを崩さずに、唐沢は透と一言二言交わしてから対戦表を見やると、
 「今日のレースは……第1レースは貰ったな。第2レースも問題ない」
 などと、意味不明なことを口走っている。
 「後は、俺の大事な育成馬……」
 対戦表を眺めていた唐沢の動きが止まり、三秒ほど首を傾げた後で、自身の前髪に向かってふうっと息を吹きかけた。
 何か考え事でもしているのだろうか。彼は長い前髪がちらちらと揺れる様をじっと見つめ、真剣な面持ちで
 「なるほど、そう来たか。こいつは上がり馬ってこと」と呟くと、今度は透に視線を移し、意味ありげな笑みを浮かべた。
 やはり、副部長の唐沢が切れ者であるという噂は本当かもしれない。彼からは温厚な人柄だけではない、何か底知れぬ胡散臭さを感じてしまう。
 「上がり馬」がどういう意味かは知らないが、彼が競馬に精通している事だけは確かである。先ほど塔子達が話していた「趣味」というのも、競馬を含めたギャンブルの類に違いない。

 奈緒が唐沢に疑いの目を向けていると、もう一人の話題の人物・遥希がやって来た。
 「唐沢先輩、今日はよろしくお願いします」
 遥希の午前の対戦相手は唐沢なのだろう。彼は「よろしく」と挨拶しながらも、その目付きは鋭く、恐ろしい程の闘志を前面に出している。
 それに対して唐沢は
 「ああ、サラブレッド……じゃなかった。ハルキ、よろしくね」と言って、とってつけたような挨拶で飄々とかわしている。頭の中が賭け事一色なのは、誰の目にも明らかだ。
 ちぐはぐな温度差のある二人の間に、透が割って入った。
 「ハルキ、てめえ、俺を無視すんじゃねえよ!」
 「ああ、いたの?」
 遥希は午後の対戦相手が透である事を知った上で、軽くあしらっているようだった。初心者の透よりも、副部長との対戦が気になるのは当然の事である。こちらも明らかに温度差があった。
 「当たり前だ。今日はてめえをぶっ倒す為に来たんだからな!」
 「あっそ。どうでも良いけど、ボールだけはぶつけないでよね。俺達イノシシじゃないからさ」
 ライバルを倒そうと息巻く透を横目に、遥希は山奥での生活ぶりを揶揄する余裕を見せている。
 するとそこへ、今度は透の午前の対戦相手である藤原がやって来た。
 「ゲッ、マジ? お前、ラフプレーありなのか?」
 ラフプレーとは文字通り乱暴なプレーの事で、テニスに限らず他の競技でも、わざと対戦相手にぶつかったりボールを当てたりしてケガを負わせる行為をいう。
 「違います! 俺、ここへ来る前までラケットとボールを武器代わりにして山の主を倒したりしていたから、それでハルキが……」
 透が訂正を求めて遥希の方を振り返ったが、彼はすでに副部長の唐沢とコートへ入った後だった。
 「確かに良いバネしてるもんな。お前、陸上部でも充分やっていけんじゃねえか?」
 藤原が噂通りの爽やかな笑みを透に向けてから、ふと真顔になった。
 「それはそうと、真嶋、初心者だろ? ちょっとぐらい手加減してやるか?
 ゲームのハンデが要るなら、遠慮なく言えよ。後で俺からコーチに話つけておいてやるからさ」
 彼は嫌味などではなく、真剣にハンデの必要性を尋ねているようだ。入部したての初心者がいきなり三年生のレギュラーと対戦させられると知って、気を遣っているのだろう。
 「いえ、それじゃあ試合の意味がないですから。ハンデ無しの真剣勝負でお願いします!」
 身の程知らずの発言と取れなくもないが、透の答えは体育会系気質の先輩には好印象に映ったらしく、藤原が得心したように笑いかけた。
 「それじゃ、俺等も始めるか?」

 手芸部の活動場所は、家庭科の授業で使用する被服室が主だった。グラウンドに面した校舎の三階に位置する所為か、開け放たれた窓からは外で活動する運動部員達の声が風に乗って響いてくる。
 奈緒の体はすでに被服室に到着して作業を開始していたが、心はグラウンドの奥のテニスコートを向いていた。いつもならスムーズに扱えるはずのテグスがなかなかビーズの穴を通ってくれない。気持ちが集中できないのである。
 「今日はテニス部、試合なんですってね。西村さん、気になる彼がいるんでしょう?」
 手芸部で最も仲の良い先輩・立花洋子が声をかけてきた。いきなり核心を突く質問を投げかけられて、奈緒は動揺のあまり作りかけのビーズの作品を落としてしまった。それもビーズが床の上にバラバラと散らばる音がして、初めて作品が落ちたと気付く程の狼狽ぶりである。
 「ごめん、ごめん。脅かすつもりはなかったんだけど、この間、あなた達を公園で見かけてお似合いだと思ったから」
 奈緒と一緒に腰を屈めてビーズを拾いながら、洋子がにこりと笑う。彼女は先日、学校帰りに透と買い物に出掛けた時のことを話しているのだろう。
 奈緒は俯いたまま、返事に窮した。何しろ誰かに好意を抱くこと自体、初めての経験なのだ。こういう会話にどう向き合えば良いのか、分からなかった。
 「西村さんをからかうつもりもないのよ。ただ、私達の作業には集中力が必要でしょ?
 もしも気になる事があるのだったら、それを済ませた方が良いかなと思って。息抜き代わりにね」
 息抜きと言われても、たった今、作業を開始したばかりである。洋子が奈緒に気を遣ってくれている事は一目瞭然だった。
 手芸部は皆、気の良い先輩達ばかりであった。長女の奈緒にとっては姉がたくさんいるようで居心地が良く、また彼女達が作る作品からも多くの刺激を受けていた。
 「あの、洋子先輩? それじゃあお言葉に甘えて、午後から一試合だけ応援しに行っても良いですか?」
 学園祭は、コンサートも展示会もない手芸部員には一年のうちで最も大切な行事であった。大切だと思うからこそ、奈緒もこうして休日返上で準備の為に登校してきたのだが、彼女の言うとおり、やはり透の事も気にかかる。塔子から今日のバリュエーションの内容を聞かされた今となっては、尚更だ。
 「もちろんよ。その代わり、午前中は作業に集中すること。ケガのないようにね?」
 人手が必要な時期であるにもかかわらず、洋子は快く了承してくれた。
 「はい」と元気よく答え、奈緒は再び席に着いた。

 開け放たれた窓からは、いくつもの歓声が飛び込んでくる。それは野球部かもしれないし、サッカー部かもしれなかった。
 ついさっき顔を見てきたばかりだというのに、もう透に会いたくなっている。窓から聞こえてくる歓声も、ボールの音も、全てテニス部のものに聞こえてしまう。
 今頃、透はテニス部ナンバー3の強敵・藤原と対戦しているのだろう。やはり大差で負けてしまうのか。それとも練習の成果が多少なりとも出せるのか。
 緩やかな癖のある茶色い髪と、同色の瞳が鮮明に甦る。ドリップしたてのコーヒーと同じ琥珀色。その目の上には古い切り傷があり、それがやんちゃ坊主の印象を強くする。イノシシと対決した時に付いたと思われる傷跡は、そこだけ毛が生えずに眉が薄くなっている。
 こんなに細かいところまで思い浮かべる事が出来るのに、それでも透に会いたくなっていた。もっと近くで彼を見ていたい。
 神様、どうか透が今までの練習の成果を発揮できますように。
 昂る気持ちを抑えると、奈緒は作業する手を速めていった。






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